ミセス・ハリス、パリへ行く

※画像はイメージです

2022年のイギリス映画『ミセス・ハリス、パリへ行く』を語っていいですか。

まずミセス・ハリスとは誰なのか。

ロンドンで独り暮らしをするおばあちゃんです。演じるレスリー・マンヴィルが撮影当時60代半ばなので、ミセス・ハリスもそれぐらいの年齢でしょう。彼女は夫を戦争で亡くし、通いの家政婦の仕事で生計を立てています。

そんなミセス・ハリスが何をしにパリへ行くのか。

ずばり「ドレスを買いに行く」!

それだけで映画が成り立つのかと思うでしょう。ところが、これがとびきりキュートでエモーショナルで、おまけにハラハラドキドキする作品に仕上がっているのです。

ある日、ミセス・ハリスは雇い主のひとりであるセレブのアパートメントで、クローゼットに吊された超絶ステキなクリスチャン・ディオールのドレスを見つけます。つましい生活を送る彼女にとって、オートクチュールのドレスは縁遠い存在でした。ひと目でその美しさに魅了されたミセス・ハリスは、それ以来ドレスのことで頭がいっぱいになってしまいます。

でも「あのドレスが欲しいィィィ!!」とはならない。人のものを無闇に欲しがるような下品な女性ではないのです。

かくしてミセス・ハリスは、必死にかき集めた購入資金を握り締め、パリにあるディオールのメゾンを目指します。でも彼女はまだ知りませんでした。店舗に行けば素敵なドレスが所狭しと並んでいて、お金さえ出せばその中から欲しいものが買えるわけではないことを。

この映画の舞台は第2次世界大戦後の1950年代。その頃、ディオールは既製服を扱っていませんでした。メゾンでデザインされるドレスは、お得意さまのみを招待するミニファッションショーで披露され、注文をした人のためだけに縫製される一点ものだったのです。招待状を持たず、セレブでも貴族でもないミセス・ハリスは「お客さま」に入ってすらいない。メゾンのマネージャーは「お代は払えます」と現金を出す彼女に蔑みの目を向けます。

でも、そんな一般人を絵に描いたようなミセス・ハリスに好感をおぼえる人々もいました。モデルのナターシャや財務係のアンドレ、そして自分たちが作っていながら、きっと一度もディオールのドレスに袖を通すことなどないであろうお針子さんたち。

「ねえ、誰がドレスを買いにきてると思う?」
「ロンドンの家政婦さんよ!」
「とってもステキな女性だわ」
「しかも現金! 現金で買いに来てるの!!」
と、みんなバックヤードで大盛り上がり。

そしてディオールの顧客であるフランス貴族のシャサーニュ侯爵もまた、ミセス・ハリスの素朴で温かい人柄を気に入り、彼女を自分の連れとしてショーに参加させてくれます。

そこで出会った1着の赤いドレスにミセス・ハリスは心を掴まれますが、いじわるなセレブに注文を横取りされてしまいました。次点で選んだのは鮮やかなグリーンのドレス。無事に注文が通り、ようやく彼女のためのドレス作りがスタートします。

ここからの紆余曲折がまたおもしろい。厳しい現実に直面したり、小さな奇跡に救われたりの連続です。果たしてミセス・ハリスは念願のドレスを手にできるのか、できないのか、最後までハラハラしっぱなしでした。老婦人が服を買いに行くだけの物語が、こんなに豊かで楽しくてスリリングな映画になるなんて。

個人的に、ショーの場面でモヤッとすることがあって、それが終盤までずっと引っかかっていましたが、これ以上ないほどスッキリする形で解決してくれました。とても後味のいい作品です。

原作はポール・ギャリコのシリーズもので、どうやらミセス・ハリスはパリだけではなく、ニューヨークやモスクワにも行ってしまうみたい。小説の方も、ちょっと読んでみたくなりました。

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