TAR/ター
2022年のアメリカ映画『TAR/ター』を語っていいですか。
主人公のリディア・ターはアメリカの5大オーケストラを指揮し、ベルリン・フィルの首席指揮者に女性として初めて就任した天才的なマエストロ。音楽界の頂点に上り詰めた彼女は栄光と権力をほしいままにしていますが、その一方で名声を守り続ける重圧にさらされてもいます。
そんなターに寄り添うのは、オーケストラのコンマスで恋人でもあるシャロンと、アシスタントのフランチェスカ。2人の愛情と献身に支えられて、ターはハードに仕事をこなす音楽漬けの日々を送っています。
そこへ飛び込んできた、若手指揮者クリスタの突然の訃報。自ら命を絶ったという彼女を、ターはかつて指導したことがありました。醜聞に巻き込まれることを恐れたターは、クリスタとやり取りしたメールをすべて削除するようフランチェスカに指示し、ここから次第に不穏な気配が立ちこめてきます。
夜中に鳴り出すメトロノーム。うるさくチャイムを押し続ける隣人。ネットに投稿された不都合な動画。副指揮者との摩擦。パートナーのシャロンとのすれ違い。信頼していた人物の裏切り。セクハラ行為の告発と、周りから向けられる疑惑の眼差し。それらが重なって、ターは徐々に追い詰められていきます。
この映画はホラーではありませんが、心の均衡を崩していくターが見聞きする「あり得ないもの」のシーンはけっこう不気味でした。『セッション』や『ブラック・スワン』と似た系統の、芸術と狂気のせめぎ合いを描いたサイコスリラーだと思います。
それにしても、ターというキャラクターはほんとうに魅力的! 人を道具としか見ていないような冷たさやずるさも感じるのに、知的で力強く美しい彼女の一挙手一投足に惹きつけられてしまいます。これは演じたケイト・ブランシェットの力による部分も大きいかもしれません。実録ものかなと思わせるほど、その人物像には説得力がありました。
結末はちょっと意外なもので、解釈の分かれるところだと思います。一度見た時には「どん底」と思いましたが、二度見るとまた印象が変わるかもしれません。